山本 永暉  Eiki YAMAMOTO  1865~1952

慶應元年(1865)9月8日大阪市生まれ。両替商・沖田太郎兵衛の次男。本名は増次郎、号は大機・永暉。13歳のとき西山完暎につき四条派を学ぶ。のち上京、狩野探美、橋本雅邦に師事する。18歳のとき山本重僖の養子となり、山本姓となる。明治20年幸野楳嶺・森寛斎・橋本雅邦・田能村直入・川端玉章らと皇居正殿・豊明殿の天井画を描く。明治33年パリ万国博覧会展に出品、銅牌を受賞。日本絵画協会展、日本美術院連合絵画共進会展、内国勧業博覧会展などにその制作を発表する。その後、北陸・四国等各地を歴遊、石川県小松では初代徳田八十吉や松本佐吉らに絵を教えた。大正2年永平寺に参禅、森田悟由禅師より「悟雪洞大機居士」の安号を受ける。昭和27年(1952)2月12日福井市で歿、88歳。


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